エッセイ : ムーミン(その1)
ムーミンとは、トーベ・ヤンソンというフィンランドの作家が書いた有名な小説に出てくる主人公の名前だ。小説として書かれたこの作品は、日本ではアニメとして広く知られている。
しかしわたしがここで言うムーミンは、十姉妹のムーミンだ。
わたしが小学校に入学した春、祖父はつがいの十姉妹を買ってくれた。祖父の家の近所にあった小鳥屋で。祖父はそれまでにも、昆虫を捕まえてそれを上手に飼育することの楽しさを教えてくれたのだが、何の前触れもなくいきなり十姉妹を買ったのだ。祖父の動機はいったいなんだったのか、わたしはとうとう知らずじまいになった。
祖父が買ってくれた十姉妹は、一羽は大変聡明そうな顔つきで、もう一羽はまるで丁髷のように頭の毛が一本ピョコンと立った、ひょうきんなヘアスタイルであった。小鳥屋の親父は、丁髷しているほうがメスだといった。
当時、日曜日の晩に放送していたアニメのムーミンを欠かさず見ていたわたしは、オスのほうをムーミンと名付け、メスのほうをノンノンとした。その日から、およそ8年にわたる十姉妹との生活が始まったのだった。
この二羽は、大変仲が悪かった。特にノンノンは大変気が荒く、ムーミンを鳥かご中追いかけ回したり、頭をつついたり、巣に入れなかったりした。ムーミンは止まり木にすがったままで夜を過ごすことが多かった。
一週間ほど観察していたが、ノンノンのあまりに執拗な攻撃を見るに見かねたわたしは、母に相談して自宅近所の小鳥屋を訪ねることにした。左手に鳥かごをぶら下げ、必死になって自転車をこいだ。その小鳥屋に行くのは初めての経験だったが、頼れそうな店はそこしかなかったのだった。
店にはおばさんが一人いた。売り物の小鳥の世話をしていたのだ。
「いらっしゃい・・・なんだね?」。おばさんは世話をしている小鳥からほとんど目を上げることもなくそう聞いてきた。
どんな風に説明したのかは覚えていないが、祖父に十姉妹を買ってもらったこと、仲がとても悪いことなどを話したように思う。
おばさんはわたしの話を一通り聞いた後、かごの中の二羽をじっと観察していたが、やおらかごに手を突っ込むとノンノンをむんずと掴んだ。まだそんな大胆なことができなかったわたしは、おばさんの素早い動きに度肝を抜かれた。それはまるで、カナリヤに手をかける猫のような俊敏な動きだった。恐ろしや、小鳥屋のおばさん。
おばさんはノンノンの腹部をじっと見詰め、わたしの目の前にノンノンを突き出して言った。
「これはメスじゃない、オスだね・・・・両方ともオスだよ。だから仲が悪いんだ。十姉妹はね、オスとメスは仲がいいけど、オスとオスを一緒にしとくと駄目なんだよ」。
わたしは自分が責められているような気がした。
「だって・・・・・・店のおじさんがこっちがメスだって言ったもん・・・・」。そう言うのが精一杯だった。
「メスはどんどん卵を産んでくれるからねぇ、メスを売りたがらない店もあるんだよ。でもこのオスは特に気が強いみたいだねぇ」。
そのおばさんの背後には、いつの間にやら眼鏡をかけた無愛想なおじさんがいた。いつからそこにいたのかわからない、まるで仙人のようなおじさんだった。そういえば風貌も、どことなく仙人風ではあった。
「あぁ、こりゃオスだな」。仙人風のおじさんは、おばさんの肩越しにそう言った。
おばさんは、わたしの話したことを一通りおじさんに話して聞かせた。無愛想で仙人風のおじさんは、わたしの泣きそうな顔をチラッと見てかすかに微笑み、「うちのメスと換えてやりな」と言い残し、奥へ引っ込んでしまった。その日が、8年に渡る仙人風との付き合いの始まりとなった。
翌日鳥かごの中には、中睦まじい夫婦の姿があった。夫婦は大変仲がよく、いつも止まり木の上で身を寄せ合うようにして日向ぼっこしていた。ムーミンは陽だまりで歌を歌うのが好きだった。彼は本当に心優しき小鳥で、いつもノンノンの隣にいた。擦り寄っていくのは決まって彼のほうだった。庭はともに歌を歌い、水浴びをし、毎日を穏やかに暮らした。
やがて青白く輝く小さな卵が巣の中に発見され、二羽は交代で大事に暖めていた。
彼らは子育てが大変上手だったため、ごく短い間に瞬く間に増え、程なくしてムーミンは十姉妹一族の長となったのだった。
しかしわたしがここで言うムーミンは、十姉妹のムーミンだ。
わたしが小学校に入学した春、祖父はつがいの十姉妹を買ってくれた。祖父の家の近所にあった小鳥屋で。祖父はそれまでにも、昆虫を捕まえてそれを上手に飼育することの楽しさを教えてくれたのだが、何の前触れもなくいきなり十姉妹を買ったのだ。祖父の動機はいったいなんだったのか、わたしはとうとう知らずじまいになった。
祖父が買ってくれた十姉妹は、一羽は大変聡明そうな顔つきで、もう一羽はまるで丁髷のように頭の毛が一本ピョコンと立った、ひょうきんなヘアスタイルであった。小鳥屋の親父は、丁髷しているほうがメスだといった。
当時、日曜日の晩に放送していたアニメのムーミンを欠かさず見ていたわたしは、オスのほうをムーミンと名付け、メスのほうをノンノンとした。その日から、およそ8年にわたる十姉妹との生活が始まったのだった。
この二羽は、大変仲が悪かった。特にノンノンは大変気が荒く、ムーミンを鳥かご中追いかけ回したり、頭をつついたり、巣に入れなかったりした。ムーミンは止まり木にすがったままで夜を過ごすことが多かった。
一週間ほど観察していたが、ノンノンのあまりに執拗な攻撃を見るに見かねたわたしは、母に相談して自宅近所の小鳥屋を訪ねることにした。左手に鳥かごをぶら下げ、必死になって自転車をこいだ。その小鳥屋に行くのは初めての経験だったが、頼れそうな店はそこしかなかったのだった。
店にはおばさんが一人いた。売り物の小鳥の世話をしていたのだ。
「いらっしゃい・・・なんだね?」。おばさんは世話をしている小鳥からほとんど目を上げることもなくそう聞いてきた。
どんな風に説明したのかは覚えていないが、祖父に十姉妹を買ってもらったこと、仲がとても悪いことなどを話したように思う。
おばさんはわたしの話を一通り聞いた後、かごの中の二羽をじっと観察していたが、やおらかごに手を突っ込むとノンノンをむんずと掴んだ。まだそんな大胆なことができなかったわたしは、おばさんの素早い動きに度肝を抜かれた。それはまるで、カナリヤに手をかける猫のような俊敏な動きだった。恐ろしや、小鳥屋のおばさん。
おばさんはノンノンの腹部をじっと見詰め、わたしの目の前にノンノンを突き出して言った。
「これはメスじゃない、オスだね・・・・両方ともオスだよ。だから仲が悪いんだ。十姉妹はね、オスとメスは仲がいいけど、オスとオスを一緒にしとくと駄目なんだよ」。
わたしは自分が責められているような気がした。
「だって・・・・・・店のおじさんがこっちがメスだって言ったもん・・・・」。そう言うのが精一杯だった。
「メスはどんどん卵を産んでくれるからねぇ、メスを売りたがらない店もあるんだよ。でもこのオスは特に気が強いみたいだねぇ」。
そのおばさんの背後には、いつの間にやら眼鏡をかけた無愛想なおじさんがいた。いつからそこにいたのかわからない、まるで仙人のようなおじさんだった。そういえば風貌も、どことなく仙人風ではあった。
「あぁ、こりゃオスだな」。仙人風のおじさんは、おばさんの肩越しにそう言った。
おばさんは、わたしの話したことを一通りおじさんに話して聞かせた。無愛想で仙人風のおじさんは、わたしの泣きそうな顔をチラッと見てかすかに微笑み、「うちのメスと換えてやりな」と言い残し、奥へ引っ込んでしまった。その日が、8年に渡る仙人風との付き合いの始まりとなった。
翌日鳥かごの中には、中睦まじい夫婦の姿があった。夫婦は大変仲がよく、いつも止まり木の上で身を寄せ合うようにして日向ぼっこしていた。ムーミンは陽だまりで歌を歌うのが好きだった。彼は本当に心優しき小鳥で、いつもノンノンの隣にいた。擦り寄っていくのは決まって彼のほうだった。庭はともに歌を歌い、水浴びをし、毎日を穏やかに暮らした。
やがて青白く輝く小さな卵が巣の中に発見され、二羽は交代で大事に暖めていた。
彼らは子育てが大変上手だったため、ごく短い間に瞬く間に増え、程なくしてムーミンは十姉妹一族の長となったのだった。
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