エッセイ : 蛍の木

もう4年位前になるが、叔父の記事が新聞の日曜版に載った。
その記事はインドネシアでの取材の報告であった。ある一本の木に無数の蛍が群れ集うという記事。その記事に掲載されていた写真が右のもの。なお、記事には2枚の写真が掲載されていたのだが、このブログの制約上、1枚とした。また、もっと大きな写真なのだが、これもブログの性格上、小さくリサイズしている。本当はもっと迫力のある写真だ。
一本の木に無数の蛍が群れ集い、写真を見るとまるで木そのものが光り輝いているように見える。その写真のイメージは、故東山魁夷画伯の描く世界を思い出させるような、穏やかで優しく、かつ力に満ちた写真だ。大変幻想的なその写真は、光り輝く木を中心に天空の星々が糸を引いており、木の放つ神秘的な光の前には星々の眩しささえ色褪せて見える。そしてまた、蛍の光を中心に天空のすべてが動いているようにも見える。あるいは、遠路はるばる訪ねていった叔父と同じように、星もそれを見るために広大な宇宙を旅してきたようにさえ思える。
記事によれば、叔父をインドネシアまで行かせた動機は故手塚治虫氏との会話の中で、氏がこの 「蛍の木」 について言及したことらしい。叔父は手塚氏の作品をこよなく愛しており、確かに叔父はたくさんの作品を持っていたのを覚えている。
この自然現象、何が理由で蛍が群れ集うのかはわからない、とのこと。
しかし、全てに科学的説明を付けたら面白くないじゃないか。
この蛍の木、叶うならわたしも是非見てみたいと思う。
この記事を読んでわたしも蛍のことを思いだした。
わたしの住む大阪北部は、ちょいと足をのばせばすぐに山の中に入っていけるような、大変に自然環境に近いところにあり、ほぼ毎年季節になると蛍を見に行く。
わたしがその場所を知ったのは、今から20年以上前、友達にそこを教えてもらったのだった。規模は小さいのだが渓谷であり、勢いよく流れ下る急流に降りていける大変美しい場所であった。
そこでわたしは、生まれて初めて舞い踊る蛍を見たのであった。無数に舞う蛍は、渓谷に響く水のざわめきの上を優雅に舞っていた。まさに渓谷全体が緑色に輝いているといっても過言ではない、そんな様相を呈していた。蛍の国に迷い込んでしまったような錯覚に陥った。
ふと気づくと、わたしの頬には涙が伝っていた。
「あぁ、日本にはまだ、こんな身近なところに美しいものがあるんだ」。そう思った。
ふらふらと目の前にきた蛍を、そっと両手で受けた。妖しく冷たい緑色の光は、思っていたよりもずっと明るく、“命の火” という表現がぴったりくるような美しい色であった。
3時間近くそこで過ごし、夢とも現とも判断つかない頭のまま、まだ明けやらぬ町を帰ってきたのだった。
今、その渓谷は大変有名になり、毎年たくさんの人で賑わう。車が混雑するので、警察が交通整理に出動するくらい有名になった。市も大々的に宣伝し、すっかり “お祭り” となった。
その渓谷にはもう、あの頃の面影はひとかけらもない。そして、蛍の数もすっかり減ってしまった。目を凝らして探さないとわからないほど減ってしまった。そこはもう、蛍の国ではなくなった。
だからわたしは、近年足を向けない。行くとしても、蛍の季節を外して人気のない時に行く。急流の音を聞きに行く。流れの中に突き出た岩の上に立ち、冷たく澄んだ空気を味わいに行く。そうして、かつてここが蛍の国であったことを思いだし、目を閉じてあの晩の情景を記憶の底からたぐり寄せるのだ。
蛍の国は、現実ではなくなった。
だからわたしは、蛍で着飾ったインドネシアの木をみたいと思う。心からそう思う。
写真出典 : 朝日新聞 2001年4月15日 日曜版
スキャナ取り込みのため、あまりきれいではありません。
この記事へのコメント
夜も街灯はほとんど無くて ホタルが住みやすいように せせらぎの流れもせき止めてゆるやかにしてある
それでも 見た事がない
結局 人が作った物には寄ってこないって事かなぁ。。。
長いこと ホタルは見てないです
この写真のホタルは圧巻ですね!
リンクの承諾をいただいたので 早速させていただきました
ありがとうございます♪
っていうか、ここにコメントするもんじゃない??